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札幌地方裁判所 昭和34年(ワ)819号 判決 1961年1月27日

原告

吉田茂

外一名

被告

綱和産業株式会社

主文

被告は、

原告吉田茂に対し金三六二、〇〇〇円、

原告吉田みよに対し金三二五、〇〇〇円をそれぞれ支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

原告らは、主文と同旨の判決および担保を条件とする仮執行の宣言を求め、被告は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの連帯負担とする。」との判決を求めた。

第二、原告らの主張

(請求の原因)

一、原告らは夫婦であつて、訴外吉田成晴はその長男であり、一方訴外竹島貞昭は被告会社の被用者であつて、同会社所有にかゝる小型四輪貨物自動車(札四は四七四〇号)の運転業務に従事している者である。

二、しかるところ、訴外竹島は昭和三四年四月二四日午後一一時三〇分頃、札幌郡手稲町東一丁目附近国道(いわゆる札樽国道)を、札幌市から小樽市方面に向け、前記自動車を運転進行中、同所畠山幸治方前において、折から右国道を同方向に向け歩行中の訴外成晴に対し、右自動車の左前部を追突させ、同人を路上にてん倒させたうえ頭蓋底骨折等の傷害を与え、右傷害に因り、翌二五日午前五時頃札幌市琴似町札幌第一病院において前記成晴を死に至らしめた。

三、ところで、訴外成晴の右死亡は、全く訴外竹島の過失に基くものである。すなわち、訴外竹島は運転手として事故を未然に防止するため、飲酒のうえまたは規定以上の速力で自動車を運転してはならないこと、および前方を注視して常に万一の場合に対処することができるよう安全に自動車を運行する等の業務上の注意義務があるにもかかわらず、右義務を怠り、飲酒酩酊のうえ前方を注視せず、しかも時速五〇キロ以上の高速で前記自動車を運転して、本件事故を惹起せしめた。而して、訴外竹島の右行為は、被告会社の業務執行中のできごとである。したがつて、被告会社は右竹島の使用者として、本件衝突事故により訴外成晴および原告らが被つた損害を賠償すべき義務がある。

四、損害額

(1)訴外成晴の損害

訴外成晴は、前記死亡当時、満一九歳であつて、札幌市琴似町テアトル劇場に勤務し、毎月金五、五〇〇円の給料を受け、生活費は毎月その三分の一を要していた。ところで、労働省の調査によれば、満一九歳の男子の残存稼働年数は四〇年となつている。そうだとすれば、ホフマン式に従つて計算した場合、訴外成晴が前記死亡によつて喪失した得べかりし利益の現在額は金七二六、六六六円となる訳であるが、同人の右死亡に対しては、自動車損害賠償責任保険より金二七三、〇〇〇円の保険給付がなされたから、これを差引き、結局金四五三、六六六円が前記成晴の損害となつた。

しかるところ、右成晴には、前記死亡当時配偶者も直系卑属もいなかつた。そこで、その父母である原告らが、相続人として、右訴外成晴の損害賠償請求権(但し、これは金四五万円で打ち切り、他は放棄することにする)を各二分の一あて承継取得した。

(2)原告らの損害

(イ)原告吉田茂は、本件衝突事故により、訴外成晴の治療費として金七千円、同葬式費として金三万円を支出し、合計金三七、〇〇〇円の損害を被つた。

(ロ)慰藉料

訴外成晴は原告らの一人息子でかつ長男である。したがつて、同人を失つた原告らの精神的苦痛は甚大である。しかるに被告会社は、右成晴の死亡に対し、同人の葬式等にも参列せず、これが損害の賠償についてもなんら誠意を示さない。それゆえ、原告らの本件衝突事故により被つた精神的打撃を慰藉するためには、原告ら各自に対し少くとも金一〇万円を必要とする。

五、よつて、原告吉田茂は被告に対し、前記相続による損害賠償請求権金二二五、〇〇〇円、右葬式費等金三七、〇〇〇円および右慰藉料金一〇万円合計金三六二、〇〇〇円、原告吉田みよは被告に対し、前記相続による前同額の損害賠償請求権および前同額の慰藉料合計金三二五、〇〇〇円の各支払を求める。

(被告の仮定主張に対する答弁)

被告の右主張は全部否認する。

第三、被告の主張

(請求の原因に対する答弁)

一、請求の原因第一第二項は認める。

二、同第三項は否認する。

三、同第四項中、(1)および(2)の(ロ)はいずれも否認する。(2)の(イ)は不知。

四、同第五項は争う。

(被告の仮定主張)

かりに、訴外成晴の前記死亡が、被告会社の被用者である訴外竹島の過失に基因するものとしても、右竹島の行為は被告会社の業務の執行に際しなされたるものではない。すなわち、本件衝突事故は、右竹島が被告会社の業務執行終了後、被告会社に全く無断で、前記自動車を運転し、訴外女性某と共に札幌へ遊びに行き、その帰途におけるできごとである。したがつて、被告会社は本件衝突事故による損害を賠償すべき義務はない。

第四、証拠(省略)

理由

一、請求の原因第一第二項の事実は当事者間に争がない。

二、そこで、訴外成晴の前記死亡が、訴外竹島の過失に基くものであるか否かについて判断する。

その方式および趣旨により公文書であると認められから成立の真正を推定される甲第一号証、同第三号証の一、二、同第四ないし第八号証、原告吉田茂尋問の結果および弁論の全趣旨を綜合すれば「訴外竹島は本件衝突事故の一、二時間前、清酒約二、三合を飲んでいて,右事故当時なお酩酊の状態にあつたこと。そのため、同人は眼がちらついて注意力が衰え、本件衝突現場附近が直線かつ平坦な舗装道路であつて、視界を妨げる何物もなく、自動車の前照燈による見透し良好であつたにもかゝわらず、前記衝突寸前まで、右道路を同方向に歩行中の訴外成晴に気がつかなかつたこと。更に、訴外竹島は当時酔余の元気で、法定の制限いつぱいである時速五〇キロの高速で前記自動車を運転していたこと。以上の事由により、右竹島は訴外成晴を発見後、直ちにハンドルを右に切つたが間にあわず、一瞬のうちに同人を前叙の如く後方よりはねとばしたこと。」が認められる。他に右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、自動車の運転者は、事故を未然に防止するため、常に飲酒のうえ酩酊して自動車を運転することがないように注意し、また右運転中は前方を注視して、不測の事態(例えば、追突等の危険事態)を惹き起すことがないように、能う限り慎重かつ安全に(例えば、飲酒した場合には、速度を落して)自動車を運行すべき業務上の注意義務があることはいうまでもない。

そうとすれば、本件衝突事故(したがつて、これに因る訴外成晴の死亡)は、他に反証のない限り、訴外竹島の右注意義務を怠つた過失に基くものである。

三、次に、訴外竹島の右不法行為が、被告会社の業務の執行につき、なされたものであるか否かについて判断する。

前掲甲第四ないし第六号証によれば「本件衝突事故は、右竹島が、前記事故当日午後六時半頃、小樽市内の某すし屋において被告会社の従業員一同の会合があつたので、上司の命令により従業員を本件自動車で右すし屋まで運び、前記会合が終了した同日午後一〇時頃、再び上司の命令により本件自動車を車庫に納めるべく、これを運転して帰社の途中(ちなみに、このとき、右竹島は前記会合の酒で既に相当酩酊していた。)酔余の機嫌で俄かにドライブがしてみたくなり、被告会社に無断で本件自動車を車庫に納めず、そのまゝこれを運転して、訴外北原和子を同車に乗せ、札幌市に向い、前記札樽国道を琴似町附近までドライブしたのち、同所で転回して小樽市に向い、再び被告会社の車庫へ戻るべく本件自動車を運転進行中のできごとであつたこと。」が認められる。他に右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、一般に、被用者が自動車の運転業務に従事する者である場合には、右自動車の運転自体が既に使用者の業務の執行であるというべきであるから、客観的外形的にみて被用者の右業務執行行為が存する以上、たといその際被用者が使用者の指揮命令に違反して、私用のために右自動車を運転することがあつたとしても、右運転はこれもまた使用者の業務の執行であると理解して、なんら妨げあるものではない。

そうとすれば、訴外竹島の前記不法行為は、被告会社の業務の執行につきなされたものというのほかなく、被告会社は右竹島の使用者として、本件衝突事故により訴外成晴および原告らが被つた損害を賠償すべき義務あるものというべきである。

四、損害額

(1)訴外成晴の損害

前掲甲第五号証に原告吉田茂尋問の結果および弁論の全趣旨を綜合すれば「訴外成晴は、前記死亡当時、満一九才であつて、原告ら主張の劇場に勤務し、毎月金六千円の給料を受け、生活費は、当時両親と同居しており且つ勤務先も近かつた関係等から、毎月金三千円を以つて足りていたこと。」が認められる。他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そうとすれば、訴外成晴の前記死亡当時の純収益は毎月金三千円、年額にして金三六、〇〇〇円であつたというべきである。

そこで次に、訴外成晴の残存稼働年数について考えてみると、厚生省発表の第九回生命表によれば、満一九才の男子の平均余命は四七年となつている。ところで、人は、特段の事情なき限り、平均余命を稼働し得るものと解するを相当とする。そうとすれば、訴外成晴の残存稼働年数は、右平均余命と同年の四七年であつたというべきである。

よつて、以上の如き条件のもと、ホフマン式に従つて計算すると、訴外成晴が前記死亡によつて喪失した得べかりし利益の現在額は、左の如く金八五七、九六一円となる。

(X=〔36,000÷(1+0.05)〕+〔36,000÷(1+2×0.05)〕+〔36,000÷(1+3×0.05)〕……+〔36,000÷(1+47×0.05)〕=857961)(註)ホフマン式による損害額の計算方法は、本文の方式によらないものが多いが、少くとも、1年毎の部分を累計する本文の方式が正当なる適用であると考える。

しかるところ、原告吉田茂尋問の結果によれば「訴外成晴の右死亡に対しては原告ら主張の保険より金二七三、〇〇〇円の保険給付がなされたこと」が認められる。そこで、これを差引けば、右成晴の損害は結局金五八四、九六一円となる。

ところで、右原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば「訴外成晴には、前記死亡当時、配偶者も直系卑属もなく、相続人は父母である原告らだけであつたこと」が認められる。そうとすれば、原告らは訴外成晴の前記損害賠償請求権を各二分の一金二九二、四八〇円宛承継取得したものといわなければならない。

(2)原告らの損害

(イ)原告吉田茂のみの損害

原告吉田茂尋問の結果によれば「同原告は、本件衝突事故により、原告ら主張の如き治療費および葬式費合計金三七、〇〇〇円の支出を余儀なくせしめられ、同額の損害を被つたこと。」が認められる。

(ロ)原告らの慰藉料

「訴外成晴が原告らの長男であつたこと」は当事者間に争がない。そして、

原告吉田茂尋問の結果および弁論の全趣旨によれば「右成晴は、昭和三三年高等学校を卒業し、間もなく原告ら主張の劇場に勤務して、いまだ幼い弟妹らを扶養している原告らを援助し、将来は原告らの面倒をみる立場にあつたこと。」が認められる。してみれば、原告らが右成晴の死亡により精神上多大の打撃を被つたことはこれを推察するに難くない。

そこで一方、被告側の事情について考えてみると、右各証拠によれば「被告会社は訴外成晴の葬式に際し、金五千円の香典を供えただけで、損害賠償の点については全然原告らに誠意を示さないこと。」が認められる。他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そうとすれば、以上の如き事情のもとでは、原告らが訴外成晴の死亡により被つた精神的苦痛を慰藉するためには、少くとも原告ら各自に対し金一〇万円以上の金員を要するものと解するを相当とする。

五、結論

以上のとおりであるから、被告会社は、原告吉田茂に対し、前記相続による損害賠償請求権中放棄した部分を除く金二二五、〇〇〇円、前記葬式費等金三七、〇〇〇円および右慰藉料金一〇万円合計金三六二、〇〇〇円、原告吉田みよに対し、右原告茂に対すると同様の損害賠償請求権および慰藉料合計金三二五、〇〇〇円の各支払をなすべき義務あるものといわなければならない。

よつて原告らの本訴請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、仮執行の宣言については本件諸般の事情に鑑みこれを付さないことゝして、主文のとおり判決する。

(裁判官 古川純一)

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